神奈川県にお住いの36歳男性(福祉作業所農作業員)が2022年10月頃に読んだ『生きづらい明治社会 不安と競争の時代』のレビューをご紹介します。
本書の概要や内容をわかりやすく要約してまとめておりますので、書籍を読んで学んだことや感想、評価や口コミが気になっている方は参考にしてください。
目次
『生きづらい明治社会 不安と競争の時代』を購入したきっかけ
江戸時代が終焉を迎え、近代日本が始まったばかりの明治社会は、海外文化が入ってきて、希望に満ちた時代だと思っていました。
しかし、生きづらい社会であったという著者の提言から、なぜそのような事態に陥ってしまっていたのか、江戸時代の身分制度から解放された自由な時代だったのではないのかと疑問を抱き、その答えを探すべく本書を読みたいと思いました。
明治という新時代が築かれていく過程と、その内情が詳しく記されているようでしたし、実際の読者の評価も高かったので、読んでみることにしました。
『生きづらい明治社会 不安と競争の時代』の概要
まず、著者は、明治時代の鳥取県の一農家がどのような労働を行っていたのかについて、データを挙げて説明しています。
この農家では、67歳の母が一年間で3,921時間(月22日働くとして一日14.8時間、月26日働くとして一日12.5時間)働き、長女18歳が3,399時間(22日で12.8時間、26日で10.8時間)、戸主の男44歳が3,156時間(22日で11.9時間、26日で10.11時間)働いていたという事実を例示し、明治時代の過酷な労働環境を提示しています。
そして、明治時代と比べると、現代はだいぶましな社会になっていると指摘し、現代社会の優れた点を示しています。
このように著者は、歴史学者として、明治時代のデータを客観的な立場から分析し、当時の状況を本書の中で推測していくという立場を取っており、それを読んでいくと明治時代の生活が分かるようになっているというのがこの本の特徴です。
読んでいくと、確かに現代社会はだいぶ良くなっているな、と思いましたし、なかなか勉強になる良い本だと思いました。
『生きづらい明治社会 不安と競争の時代』の基本情報
基本情報
- 出版社:岩波書店
- 著者:松沢裕作
- 定価:本体800円+税
- 発行年月:2018年09月20日
- ページ数:176ページ
- ISBN:9784005008834
- 言語:日本語
- 公式サイト:https://www.iwanami.co.jp/book/b374925.html
『生きづらい明治社会 不安と競争の時代』の目次
目次
- 第一章 突然景気が悪くなる──松方デフレと負債農民騒擾
- 第二章 その日暮らしの人びと──都市下層社会
- 第三章 貧困者への冷たい視線──恤救規則
- 第四章 小さな政府と努力する人びと──通俗道徳
- 第五章 競争する人びと──立身出世
- 第六章 「家」に働かされる──娼妓・女工・農家の女性
- 第七章 暴れる若い男性たち──日露戦争後の都市民衆騒擾
- おわりに──現代と明治のあいだ
『生きづらい明治社会 不安と競争の時代』のYouTube(ユーチューブ)
『生きづらい明治社会 不安と競争の時代』についてYouTube(ユーチューブ)でわかりやすく解説してくれている動画がないか調べてみました。
いくつか紹介しているYouTubeチャンネルはありましたが、残念ながら内容がおすすめできるものではなくあまり参考にならなそうでした。
そのため、本ブログにて要点をまとめてお伝えできればと思います。
『生きづらい明治社会 不安と競争の時代』から学んだことの要約とまとめ
『生きづらい明治社会 不安と競争の時代』から私が学んだポイントは大きく3つの内容です。
私が学んだこと
- 西欧化か?日本文化か?
- 四畳の部屋に5~6人の生活。布団はレンタルだった
- 慶喜など様々な人物の思惑が交錯していた明治新政府の中身
まず、この本を読んでいて思うところがあったのは、著者のこのような言葉でした。
私にも、この現代の片隅に生きる一人の人間としての希望はあります。それは、必死で努力し、命がけでチャレンジしなくても、みんながなんとか平穏無事に生きていけるような方向に、社会は向かっていってほしいということです。(「はじめに」より引用)
私は、何事につけても努力肯定派ですが、著者の言いたいことは分かります。
皆がいつも365日必死の努力をしなければ生きていけないというのは、いくら何でもやり過ぎな社会ですし、時には肩の力を抜きたくなることもあるでしょう。
仕事をするにしても、品質よりもスピード重視で取り組むのではなく、自分の納得のいくまで推敲していい仕事を完成させたいという気持ちも理解できます。
そんな自由が認められていれば、みんなが平穏無事に生きていけるような気がしますし、そのような意味において著者の意見には賛成です。
それまでは、私も何事も常にハイスピードで大量にこなさなければ気が済まない質だったので、著者のこのような言葉を読んで、なるほどなと思う所がありました。
西欧化か?日本文化か?
江戸から明治へと時代の変革期にあって、当時の人々がどのように考えていたのか、歴史学者の視点から見ることができて勉強になりました。
例えば、大隈重信は、欧米に後れをとっている近代的な工業の振興をはかるため、政府が資金を投じて近代工業を育成する必要があると考えたと書かれています。
同時代を生きた夏目漱石などは、西欧的な個人と自由という自己実現を重視した価値観が発達した社会では、自己の孤立が生じると喝破し、それを「こころ」という作品で表しました。
岡倉天心は、「茶の本」で、日本独自の文化の良さを説いており、何事も西欧化していく時代の潮流に警鐘を鳴らしています。
確かに、日本に古来から伝わる禅や寺院、仏教といった物の中にも優れた性質は見出されるのであり、それをないがしろにすることには、抵抗のある人々もいたのでしょう。
このように、著名人の中にも、日本で進行していた西欧化とは異なる価値観を示そうとした方々がいたことを考えると、大隈流との違いが浮き彫りになり、興味深い部分もあるのではないかと思いました。
四畳の部屋に5~6人の生活。布団はレンタルだった
著者は、明治時代の貧民窟のルポルタージュについても紹介しており、ここでは、当時の貧困層がどのような生活をしていたのかが示されています。
当時の貧民窟では、広くても六畳、大抵は四畳の部屋に夫婦、子供、同居人など5~6人が住んでいる事が普通であったと述べられていて、これなどは、当時の伝統的な家庭を説明する記述とは異なっています。
これらの人々の中には、布団を所有できない人々もおり、毎日の収入から少額のレンタル料を払って布団を借りている人も多かったそうです。
それでも、そのような長屋に住居を確保できる人々はまだましであり、住居を持てない都市下層民の住まいとして、木賃宿というものがありました。
これは、安い宿泊代で大部屋に人々が雑魚寝する簡易宿泊施設で、その他には、残飯の中からパンの耳や漬物の欠片、窯の底にこびりついた米を売る残飯屋という職業もあったそうです。
このような人々の生活を知ると、自分はまだまだ恵まれた方なのだなと思いましたし、衣食住に事足り、レジャーが充実している現代日本の良さを痛感、自分も頑張らなければいけないなと思いました。
慶喜など様々な人物の思惑が交錯していた明治新政府の中身
明治成立の過程についても面白い考えが示されています。
慶応三年、政治は非常に不安定な状況にありました。江戸幕府最後の将軍徳川慶喜は、政権を天皇に返還する大政奉還をおこないました。(中略)徳川慶喜の狙いは、一度天皇に政権を返還する姿勢を示したうえで、新たな政権のなかで、自分がふたたび重要な地位を占める事でした。この慶喜の狙いを打ち砕くために、大久保利通や岩倉具視が主導して起こしたのが、12月9日のクーデターなのです。(中略)そして「王政復古の大号令」を発し、慶喜抜きの新政権を強引に成立させたのです。(P.64から引用。一部中略)
江戸から明治へと時代が変化する中で、それぞれの人々の中には様々な思惑があったのではないかと思います。
慶喜も江戸幕府解体後に重要な地位を占めようとしていたそうですが、これはなぜ阻止されてしまったのでしょうか。
江戸幕府の将軍が新政府の重役に就いていた方が、旧幕府側の人達も新政府に付いて行きやすいと思うのですが、これは阻止されてしまいます。
全く新しい体制を作りたかったのなら分かりますが、この後、明治政府は旧士族から頻繁に反乱を起こされ、困っています。
それならば、慶喜という旧幕府勢を味方に引き入れておいた方がよかったと思うのですが、そのあたりの機微は記されていないので、分かりませんでした。
しかし、著者の達見からは、色々と学べて面白いと思いました。
『生きづらい明治社会 不安と競争の時代』の感想
デモというのは明治の頃から存在していて、農民達もデモを行ったそうです。
しかし、その内容が現在とは異なり、明治の農民達の要求は、借金を50年かけて分割払いで返済することを認めてほしいというものだったそうです。
借金を帳消しにするのでもなく、50年をかけてでも払わせてくれというのは、気の長い話ですし、ここからはそれくらい当時の農民達の責任感が強かった、そのような心意気を持っていたということが分かります。
そのような点からも当時の人々の意識の高さが分かりますし、貧しくても偉い、気高い人々はいたのだなと思いました。
『生きづらい明治社会 不安と競争の時代』の評価や口コミ
他の方が『生きづらい明治社会 不安と競争の時代』を読んでどう思われているのか、評価や口コミを調べてみました。
松沢裕作『生きづらい明治社会 不安と競争の時代』(岩波ジュニア新書)
読了後、涙がこぼれた。
歴史学
資本主義
民主主義
フェミニズム様々な知へと読み手を導きながら、世界の今を可視化し、未来への視座を開いてくれる。だからこそ、心から、10代に読んでほしく思う。 https://t.co/KwpCZchFEE pic.twitter.com/6GCJ5uGusD
— 『評論文読書案内』小池陽慈『"深読み"の技法』 (@koike_youji) December 23, 2022
これすごい面白かったです。ジュニア新書だけど大人が読んでもすごく役に立つと思います。過去を理想化する風潮を批判的に見つつ、歴史から現代について学ぶ本。/松沢裕作『生きづらい明治社会――不安と競争の時代 (岩波ジュニア新書)』 https://t.co/YygPVHbNJ7
— saebou (@Cristoforou) November 6, 2018
岩波ジュニア新書の『生きづらい明治社会 不安と競争の時代』って本が明治時代の概観をイメージするのにめっちゃ、わかりやすくて良かった〜!特に「通俗道徳」の概念!
— しましま (@Simasima_note) December 4, 2022
みなさん本書を読んで学んだことが多いみたいですね!
おわりに
著者は、現代社会には行き詰まり感があり、これまで上手く行っていたように見えた何かが、上手く行かなくなっていると指摘しており、誰もがそのような意識を持っていると述べています。
そのひとつの回答として、現代社会の欠点は不安を受け止める仕組みがどこにも無いということにあるのではないかと述べています。
自分は何を拠り所にして良いのか分からないという不安は、考えれば考えるほど深みにはまっていく問題だと思います。
このような問題は平安時代から鎌倉時代にも起こっていて、人々が不安に捉われ、社会が停滞した空気で満たされていた時、仏教では、そのような不安を調える坐禅や念仏などの教えを広めて人々の救済にあたりました。
実際に座禅や念仏をしてみると分かるのですが、ほんの5~10分程度実践してみるだけで、本当に心が落ち着きます。
不安でしょうがないという方は、これだけで心の平穏を得る事ができるのではないでしょうか。
また、インドの掃除婦の女性は自分なりの名誉や誇り、礼節を自身の中にもち、それを守り、磨いていくことで生きる自信を得ることができると述べています。
このように自分なりに生き方にこだわりを持ち、それを拠り所として自信をもって生きていけるなら、たとえそれが趣味でも、生き様でも、信念でも、生きる上での指針となるのではないかと思いました。
個人的には、本書を読んでそのようなことが学べたような気がします。
次に読みたいと思っている本は『禅とオートバイ修理技術』です。
禅とオートバイ修理技術を組み合わせた発想がすごいな、と思いました。
そこからどのような内容の本が出来上がっているのか調べてみると、ギリシャ哲学から禅の教えまでが網羅されており、それらがこの本の中でどのように展開しているのか、とても面白そうだと思いました。
大学講師というきちんとした経歴を持つ著者の堅実さと、奇抜なタイトルの組み合わせが相まって、とても興味深い本に仕上がっているのではないかと思います。